自分が読んで良かった本の文章のコピペと、要約のメモです
誰が書いているかは割愛します(文章の一部を検索すれば出てくるかもしませんが)
いずれも著名人です
神様がつけてくれたものをいけないって言ってはいけないの(王様はハーレムを作る、女王様は服や靴を集める、欲望に素直になっていい、殆どの生物の男はやり逃げ、男は愛するのではなく愛される対象になれ)
恋愛とは一度心に決めた相手をとことん好きになることなのでしょうか?実はそうではありません。本当の恋愛とは、相手を好きになること通じて、自分で自分を好きになることなのです。誰かを愛し抜くことが恋愛のゴールではなく、自分自身のためにするものなのです。本当の意味で恋愛をしている人は苦しむことがありません。「最後の恋愛」とせず、どんどん新しい恋をしたほうがいいのです。「女の幸せは結婚」「家庭と子供を持つことが女の幸せ」は、本当は自由に生きることを選択できなかった時代や環境ゆえの「不本意な選択」だったのかもしれません。パートナーシップは誰か「他の人」を喜ばせるためではなく、あなた自信が幸せになるために意図すべきなのです。
しばしば恋人を選ぶように結婚相手を求めるケースが見られますが、基本的には切り離して考えた方がいいでしょう。何故なら恋愛と結婚は全く別だからです。あなたが生涯の伴侶を求めているのか、そうではなく恋人が欲しいと思っているかによって、潜在意識に送り込むイメージはまったく変わってきます。
「まじめに正しく生きて行きましょう」学校や家庭でそう教わるけど「正しさ」が自分を苦しめている場合がある。世間の常識や倫理に反することも、100年くらいまえはそれが正しいとされていたこともあるのです。正しい、よりも、楽しい、の方が幸せになれる。
精神論が本当に正しかったら清々しいんだよ。それが苦しかったらやっぱり、間違いなんだよ。苦しいのに正しい正しいって言ってるのはおかしいの。どこか基本的なことが間違ってるの。
しあわせの限界をつくらない。願ったことが何でも叶うとしたらどうですか?「どこかの国の王様みたいにハーレム状態で、2,000人くらい彼女がほしい!」こんな風に幸せの限界がぐーんと広がるのではないでしょうか?限界を作っているのは自分です。
「不倫ゲーム」「不倫します!」と宣言するだけでこんなに笑顔になるんでしょうか?「結婚します!」じゃこんなに笑顔にならないんだよ。だって結婚は生活だけど、不倫は楽しみだから積極性がないとできないんだよ。人間ってちょっとくらいふとどきなことを考えると一瞬ですごい笑顔になれるんだよ。人間あまり真面目じゃあ、人生楽しくないよなぁ。
人生でいちばん楽しいことは、恋することなんだよ。百人一首でもなんでも、ほとんど恋の歌だよね。平安時代の貴族たちは生活が豊かでできることが山ほどあっても、いちばん楽しいのが恋することだったんだよ。
絞り込みすぎるからダメなんだよ。彼氏は一人とか、彼女は一人とか、旦那は一人とか、奥さんは一人とかって決めすぎるの。一人にしよう、ひとりにしようとする考えがあるの。ひとりじゃなくてもいいんだよ。ひとりに決めるとたいへんなことが起きてしまうの。何故かっていうと、他に好きな人ができるたびに別れが来ちゃうんだ。ところが、別れなければ増えていく。だから、財産と同じで増やしていけばいいとオレは思ってるの。バレて揉めたってかまわないの。揉め事をどうやって処理するかが仕事なんだよ。
男性の浮気は、女性の洋服とかハンドバッグが欲しいっていう気持ちと一緒なの。バレるのはいやなの。でもガマンするのはもっとイヤなの。女性は、自分が洋服やハンドバッグを欲しい気持ちに当てはめて考えたら、よくわかるよ。
結婚は相性のいちばん悪い人と出会った時にするようになってるの。だから結婚はすごくツライ修行だけど、神様がプレゼントとして浮気という楽しみを与えてくれているの。
道徳的にいけないことって、その道徳って誰が決めたの?
「男性は女性が好きで、女性はオシャレが好き」これが大前提なの。地球中が全員女性になっても化粧するんだよ。あなたコートを一着買ったら、二着絶対に買わないんですね?指輪一個あったら絶対にもう買わないんですね?買うでしょ?そういうもの。
自分は5年、10年、20年、この同じ道を歩き続けて、何を犠牲にしてしまうだろうか。
人間は鎖につながれて正しい道を進むよりも、自由に間違った道に進む方が、ずっとましだ。
人生における最大のリスクは失敗ではなく後悔、つまりチャンスを逃すことだった。嫌なことをしながら過ごした数年を取り返すのは、不可能だった。
私は信じている。人生は楽しむものである。そしてもっとも大切なことは自分自身に満足することである。人はそれぞれこの二つの目的に対する手段を手にするだろう。またその手段は時とともに変わっていくだろう。
個人的に言うと、愛すること、愛されること、そして決して学ぶのをやめないこと。ただしそれが普遍的ではないものと思っている。
すべてのルールと制限は自分自身が作る者だと自覚しよう。そうすれば、成功を追う重圧も奇跡のような軽やかな気持ちへと変わってしまうだろう。だから大胆になろう、人が何を考えているかを心配するのはやめよう。人はどっちみちそんなに多くは考えていない。